ある夏の一日


猛暑続きだったニューヨークも、今日は久々に涼しくてすがすがしい初夏の陽気。申請していた社会保障番号(ソーシャル・セキュリティ・ナンバー)がようやく届いたので、これで晴れてアメリカにも銀行の口座を開けるし、職探しも楽になりそうだ。この社会保障番号をもらってようやく、アメリカ生活者として国に認められたことになる。地下鉄ではテロ警備が強まって、手持ちバッグの検査がランダムに(5人に1人)始まったというので、どんなだろうかと思ったけれど、マンハッタンに出ても一人も警官を見なかった。さすがに平和なイーストビレッジに爆弾を落とす奴はいないだろうという安心感からか。通りはいつもの土曜日らしく、のんびりほのぼのしているし。いつもの日本食スーパーで、この1週間夢にまで見ていたタラコスパゲッティのソースのレトルトと納豆と豆腐とキムチを買う。ここの特製キムチは本場の韓国風でとてもおいしいのにたった2ドル。ついでに、ごま油と米酢も買う。「ありがとうございました〜」という店員の日本語の挨拶に、思わず立ち止まって、しみじみと感じ入ってしまった。日本にいた頃は、「いらっしゃいませー」とか「ありがとうございましたー」なんていう店員の挨拶はうっとおしいだけだと思っていたけれど、やっぱりいいなあ、日本語って。そうしみじみ思えるのは、やはり幸せなことなのだろう。帰りは、家の近くのベトナム食材店で、生の赤唐辛子(激辛!)とバナナ(小ぶりで甘い)を買い、韓国食材店でシアントロ(パクチー)を買い、別の韓国人夫婦が経営している自然食品店でビタミン剤を買う。レジの横では奥さんが椅子に座ってうとうと昼寝をしている。奥さんを起こさないように無言で微笑み、静かにレジを開け閉めするご主人。アメリカで暮らしていていちばん心がなごむのは、こういう光景を目にした時である。この韓国人夫婦はいつもニコニコしていて、とても静かで優しい。マンハッタンの店などでたまにあからさまに受ける店員(黒人女性が多いなあ)の嫌がらせや差別的な態度に接していると、こういうアジア人の優しさにつくづく癒される。マイノリティーとしてアメリカで暮らすことの大変さを忘れられる、ほっとするひとときでもある。



家に帰ってから、夕食用にタイ風ポーク料理(上の写真)の準備をする。クイーンズにあるニューヨークでいちばんおいしいタイ料理店でいつも頼むメニューに、「BBQポークのレモン醤油ガーリックソース」というのがあって、これがもう最高においしいので、パクって自宅で作れるようにした。厚めの豚ロース肉(脂身を取り去る)を肉たたきで厚さ1センチくらいにのばし、これを醤油大さじ4、酒大さじ2、レモン汁半個分、にんにくのみじん切り3個分、生の赤唐辛子3本のみじん切り、砂糖小さじ1、酢少々を混ぜた浸け汁に4時間ほど浸けておく。同じ浸け汁を少し多めに作って取っておく。グリルを熱し、マリネした豚肉の表面をペーパータオルで軽くふいてから片面2分ずつくらい焼く。火が通ればOKで、焼きすぎないのがコツ。焼き上がったらまな板の上で少し冷まし、包丁で斜めに薄切りにする。余ったレモン醤油ガーリックソースを一煮立ちさせてから、肉にたっぷりとかけ、シアントロの葉を多めにぱらぱらと乗せる。このレモンと醤油とにんにくと赤唐辛子とシアントロの組み合わせがとてもさっぱりとしていておいしくて、夏バテもふっ飛ぶおすすめ料理。付け合わせには、ジャスミンライスをチキンスープの素と塩こしょう少々で炊いたご飯にパセリのみじん切りをまぶして添えればもう完璧。日本にいた頃は、豚肉というとしょうが焼きとかトンカツくらいしか作らなかったけれど、おいしいタイ料理やベトナム料理や韓国料理も気軽に作れるのは、やはりニューヨークならではの利点かもしれない、とアメリカ生活の中に喜びを見出せるのは、やっぱり食べ物のことばかりだな…。