Bucatini all'Amatriciana


アメリカ版「料理の鉄人」のイタリア料理シェフ、マリオ・バターリは、ニューヨークの超有名イタリア・レストラン数件を経営していて、特にそのパスタ料理の味は絶品である。イタリア料理というのは、日本にいた頃は値段が高い割に盛りつけも少ないし、味もちょっと気取り過ぎという印象があって、あまり好きではなかったのだけど、NYでマリオ・バターリのパスタ料理を食べて以来、パスタというのが素朴で飾りのない家庭的な温かい料理なのだと知り、パスタが大好きになった。この人のレストランは、価格のランクで分けると「Esca」(松)、「Babbo」(竹)、「Lupa」(梅)の3つの店が有名で、もっとも値段の手頃なウエストヴィレッジにある「Lupa」は庶民でも予約なしでおいしいパスタや鶏料理が食べられるので嬉しい。ペコリーノチーズと黒コショウをたっぷり使ったパスタの「Cacio e pepe」とトマトソースのニョッキは、ローマで食べたパスタよりもおいしかった。マリオ・バターリ氏は、たまに膝丈の半ズボン姿でウエストヴィレッジに現れ、ハウストン・ストリートの(これまた超おいしい)ピザ屋の表のベンチに座って、ニコニコしながらピザを食べていたりする気さくなおじさんだ。

最近、このマリオ・バターリ氏のレシピをテレビの料理番組やネット上で見つけて、アマトリチアーナというパスタを作ってみたら、これがすごく美味しかったので、このところ定番になっている。ベーコンにやや風味が似たパンチェッタを使うのだけど、このパンチェッタというのはベーコンほど味が強烈ではなく、やや豚肉に近いまろやかな風味と甘みがある。炒めていると脂がじわじわ出てくるが、これもベーコンに比べると、時間をかけてじっくり脂を出していくという感じである。脂身の少ないベーコンを使うと、似たような感じに仕上がる。

マリオ・バターリ氏のイタリア料理の基本は、調味料を使いすぎないシンプルな味付けにある。たとえばアマトリチアーナのトマトソースの材料は、トマトの缶詰、オリーブオイル、タマネギ、ニンニク、人参と、香辛料は大さじ1のタイムと少量の塩しか使わない。日本で覚えたトマトソースの作り方と違って、チキンストックも白ワインもセロリもベイリーフもバジルもオレガノも砂糖もコショウも使わない、この人のレシピは目からウロコだった。それだけの素材なのに、完成したトマトソースはコクと甘みがあってプロの味になる。その秘密は、おそらくタマネギとニンニクと人参から出る自然な甘みが邪魔されることなく生かされているのと、タイムのみを使った香辛料の効果が全体の味を無理なく引き締めているのだろう。もしこれに、チキンストックやコショウやオレガノが入ったら、この自然な甘みが抑えられてしまうかもしれない。トマト本来の甘さを最大限に生かした「トマトは甘くておいしい」と実感できるトマトソースだと思う。他の香辛料やコショウは、この基本のソースを何に使うかによって、後から足せばよい。

この基本のトマトソースを、じっくり炒めた薄切りのパンチェッタとタマネギとニンニクと赤唐辛子のみじん切りに加えて、15分ほど弱火で煮込み、塩こしょうで味を整えればアマトリチアーナのソースが完成する。ニンニクは最初に炒めるよりも、タマネギのあとに加える方が炒めすぎずに風味が生きておいしくなる。ここではオリーブオイルは使わずに、パンチェッタからでた脂をタマネギの薄切りに絡める感じに炒める。煮込んでいる間に、先ほどカリカリになったパンチェッタが再びトマトソースを吸い込んで、程よく柔らかくなる。このソースをブカティーニという真ん中に穴のあいた太めのスパゲッティにナポリタン風に絡めて、仕上げにパセリのみじん切りとペコリーノチーズの粉をかける。麺の中央の穴にトマトソースが入り込むところに、何ともいえず味わいがある。パンチェッタはできればスライスされたものより、塊のまま買って好みの薄さにスライスして使う方が風味が出ておいしい。トマトの缶詰1個で4人分のトマトソースが作れるので、値段もかなり安上がり。