The Shop on Main Street (1965年/スロバキア映画)

yukoz2006-08-27


 1942年。ナチスによるユダヤ人の迫害がまさに始まろうとしていた頃の、スロバキアの小さな村。

 貧しい農家でアヒルや牛を飼って細々と生活している気弱な若者トニーと妻の元に、ある日、ナチスの護衛隊の幹部として成功した妻の兄夫婦が訪れる。ごちそうを持って訪れたその義兄は、ユダヤ人が経営する店を今後はアーリア人(ドイツ人)に明け渡すという法令ができたという朗報を伝え、この村の大通りに立ち並ぶユダヤ人経営の店の1軒がトニーに譲られることになったと伝える。棚からぼた餅のごとく、一夜にして店の経営者となったトニー夫妻は、これで金持ちになれると大喜びして、義兄夫婦と朝まで酒を飲んで騒ぐ。

 翌朝、スーツを着込んだトニーが嬉々としてその店を見に行くと、それは、年老いた78才のユダヤ人の老婆ロザリーがボタンや洋裁小物を細々と売っている質素な店だった。店主の老婆ロザリーに、トニーは「今日からこの店の主人は私なのだ」と説明するが、耳が遠く、字も読めない老婆は事情がのみ込めず、若いアシスタントができたと勘違いして無邪気に喜ぶばかり。店を譲られて大金が転がり込んだと思い込んだトニーだが、実のところはナチスの幹部にだまされて、ほとんど儲けのない貧しいユダヤ商人の店を押し付けられただけのことだった。

 そのボタン店の儲けはほとんどなく、老婆はユダヤ人コミュニティが寄付してくれる援助金で細々と暮らしているという現状を知り、トニーは落胆する。でも、戦争が起きていることすら知らずに、幸せそうに日常を暮らしている老婆と店で過ごすうちに、トニーは老婆の店を乗っ取ろうとしている自分に罪の意識を感じ始める。戦争で夫を亡くし、アメリカへ渡った息子たちからの音沙汰もなく、孤独に暮らしてきたロザリーは、トニーを息子のようにかわいがり、ユダヤの祭日のごちそうを食べさせたり、亡き夫の一張羅だったスーツや帽子をトニーに譲ったりする。トニーという話し相手ができて、昔の亡夫との懐かしい思い出に浸る幸せそうなロザリーを見ているうちに、トニーはロザリーに対して母親のような愛情といたわりの気持ちを抱くようになる。

 しかし気弱なトニーは、金銭欲が強く気の強い妻に、なかなか本当のことが言えない。妻には、店では威厳ある経営者として、ユダヤ人の老婆をこき使っているのだと自慢げに話す。そうして毎日、老婆と過ごすうちに、トニーは近所のユダヤ人たちとも親しくなり、ユダヤ人のコミュニティからは、老婆の援助人として毎月の賞与をもらうようになる。その金を妻には「店の稼ぎだ」と、トニーは嘘をつく。

 そんなある日、親しい近所のドイツ人の男がナチスに捕まり、「ユダヤ人の味方」としてさらし者になり、路上を引きずられているのをトニーは目にする。店の前の広場では、建設中のバビロンの塔が着実に完成に近づいている。ナチスによるユダヤ人の迫害が目前に迫りつつある中で、トニーはユダヤ人の老婆の身を案じると同時に、彼女に肉親のような親密な感情を抱き始めている自分に気づき、身の危険を感じておびえる。

 やがて、ナチス軍の大量の牛を乗せた列車が村にやってくるという知らせがトニーの耳にも届く。ナチスはその列車に、村のユダヤ人を全員乗せて「収容所」に連れて行くつもりだという噂を聞き、トニーはひどく動揺する。家に帰ったトニーに、妻は「あのユダヤ婆さんは店の床下かどこかに大金を隠し持っているはずだから、さっさとその金を見つけなさい!」となじられ、思わずカッとして妻を何度も殴りつける。おびえて泣きじゃくる妻を家に残し、トニーは酒場に飲みに行く。

 酒場で知り合いのナチスの幹部にからかわれたトニーは店を飛び出し、酔ったまま、老婆の店まで歩いていく。店の前の広場では、完成したばかりのバビロンの塔に灯がともされ、ナチスの親衛隊たちが歓喜の声をあげている。トニーは見つからないようにボタン店に滑り込み、眠っていた老婆を叩き起こして、店の奥に隠れるように説得する。しかし耳の遠い老婆は、トニーが妻とケンカして家に帰れないのだと思い込み、店のカウンターに布団を敷いて「今日は泊まって行きなさい」となだめる。酒が回って酔っぱらったトニーは、ろれつが回らず、思うように老婆に説明できないまま、そのまま布団の上で眠ってしまう。

 夢の中で、店のドアが開き、白く眩しい世界が広がる。トニーは美しく着飾った老婆と夫婦のように田園風景の中を散策し、「あの夢はひどい悪夢だったね。目が覚めて本当によかった」と幸せそうに語り合う。

 騒がしい通りの音で目が覚めたトニーは、店の目の前の広場で、ナチスの幹部が近所のユダヤ人たちの名前を次々と呼び、簡素な家財道具を持ったユダヤ人の家族が集められているのを目にして愕然となる。何も知らずに朝食を作って運んできた老婆に、トニーは「奥に隠れて!」と叫ぶが、老婆は土曜日に店が開いていることに怒り、動揺して奥の部屋にこもってしまう。老婆は、奥の部屋で、心を落ち着かせるためにユダヤの祈りを始める。

 もしこの状況をナチスの幹部に見られたら、彼がユダヤ人の老婆を店の中にかくまっていると思われて、おそらく自分の身にも危険が降り掛かるだろうと恐れるトニーだが、耳が遠くて話もできない老婆をどう説得してよいかがわからず、ただ動揺して酒を浴びるのみ。やがて老婆が店に出てきて、ガラス戸越しに広場の不穏な様子を目にして、「いったい何事か」とトニーに尋ねるが、酔いつぶれて椅子に座り込んだトニーは言葉もうまくしゃべれない。近所の親しいユダヤ人家族が荷物を持ってどこかへ連れて行かれようとしているのを目にした老婆は、ようやく何か恐ろしいことが起きていることを察するが、戦争が起きていることすら知らずに暮らしてきた彼女は、状況をのみ込めずに呆然として動揺するのみ。

 最初は老婆をかくまうつもりだったトニーだが、後でナチスに見つかれば老婆も自分も命はないのだと悟り、今度は老婆を説得して、広場に出るように荷物をまとめて身支度をさせようとする。たとえ広場に出て行っても、年寄りだし耳も聞こえないし、ナチスも彼女を無理矢理連れて行くようなことはしないだろう。でも老婆はがんとして「どこにも行かない」と言い張り、店の中にとどまろうとする。そうこうしているうちに、広場に集められたユダヤ人たちは、馬車で運ばれて行ってしまった。もう間に合わない。店の中をただ動揺してうろうろ歩き回る老婆の姿に、外のナチスの幹部が気づくのを恐れたトニーは、老婆に隠れているようにと叫び、彼女を奥の部屋へ連れて行こうとしてつかみ合いになる。息子のようにかわいがっていたトニーの突然の暴力的な姿にひどく取り乱した老婆は「どこにも行かない!」とかたくなに逆らうが、トニーは彼女を無理矢理つかんで、奥の小部屋に放り投げるように押し込んで鍵をかける。

 やがてナチスの幹部たちも広場を去り、もう出てきても大丈夫だよとトニーは老婆に声をかけるが、小部屋の中から彼女の返事はない。不安に思ってドアを開けると、老婆はトニーに放り投げられた時に、頭を打って即死していた。その姿を見て悲しみと悔恨の念にかられたトニーは、店の引き出しからロープを探し出して、廊下の天井にロープをかけて首を吊る。カメラは天井にぶら下がったままのトニーの視線となり、先刻の夢の中と同じように、閉まっている店のドアがとつぜん開いて、白くまばゆい光に包まれた大通りが目の前に開ける。そこでスーツと帽子に身を包んだトニーは、着飾った老婆と腕を組んで出て行く。広場ではにぎやかな音楽が演奏され、その中を二人は軽やかに踊りながら幸せそうに歩いていく。(END)


※1965年アカデミー賞外国語映画賞受賞。ちなみに、この年のアカデミー賞作品賞は『サウンド・オブ・ミュージック』。同年の外国語映画賞には、日本の『怪談』もノミネートされていた。主演のアイダ・カミンスカ(ポーランドの大女優)は、翌年のアカデミー賞主演女優賞に、エリザベス・テイラー(バージニア・ウルフなんかこわくない)とアヌーク・エーメ(男と女)と共にノミネートされた。