Michael Pisaro - Harmony Series 11 - 16 (EWR 0710) 和文Part 1

マイケル・ピサロの『Harmony Series 11-16』 (2004-2006)は、同シリーズの全34曲のうちの9曲(11番から16番)を、ピサロを含む7人の演奏者が演奏した作品集。各曲の譜面(スコア)には、作曲家が選んだパウル・ツェラン、ロバート・ラックス、ガートルード・スタイン、ロバート・クリーリー、ウォレス・スティーヴンス、ジョージ・オッペンなどの詩人の一編の詩と、演奏者への短い指示が載っている。それぞれの曲に添えられた詩の節の区切りに対応させて、曲は複数のセクションに分けられ、セクション間には沈黙の間(サイレンス)が挿入される。曲ごとの演奏者の人数、全体の長さ、各パートの長さはスコアに指定されているが、具体的にどんな音程の音を出すかや、沈黙の長さ等は、演奏者の自由な判断に任されている。ただし、全体的に「一貫した持続的な音であること」、「とてもソフトな、澄んだ音であること」、「間(サイレンス)は平和的で思慮深い沈黙であること」などの指示があり、演奏される音と沈黙の質感が、ここでは重要な鍵となっている。

このシリーズでは、音の共演から生まれる和音のハーモニー、特に倍音の共鳴が音楽に「揺らぎ」をもたらす仕組みに焦点が当てられている。各音が他の音と同時に演奏された時、あるいは和音の組み合わせの中から他の音が消えた時、音そのものや和音にどのような影響を及ぼすのか。それらの音が重なるタイミングや、異なる性質の音(特に楽器の音と電子音など)が重なり合あうことで、その影響はどう変わってくるのかといったミステリアスな「ハーモニーの妙」を、複数の演奏者の共演を通して、様々な角度から科学的に実験し提示することが、このシリーズの目的のひとつだと思われる。

ここで演奏される音は、音そのもののピュアな響きを非常に柔らかい質感で響かせる、きわめてミニマルな音である。それぞれの詩からイメージされるダイナミクス(詩の動的な命ともいえるもの)は、スコアの指示を踏まえた上で、演奏者が各楽器の微妙な音の変化(選ぶ音程や音を投じるタイミング、音と音の間の沈黙の長さ)で表現することができる。演奏者による詩とスコアの解釈の深さが、各々の表現を通してそのまま出される音に反映され、結果として生まれる音楽の深さを微妙に左右する…という、演奏者の理解力と表現力が試される音楽でもある。うまくいけば、まさに詩のもつ命や魂がそのまま音の連なりに変換されたような音楽が生まれる可能性を秘めている。

こうして、作曲家のスコアと演奏者らの実現によって生まれた『Harmony Series 11-16』 は、理論を超えて美しい。倍音の共鳴が生み出す微妙な揺らぎ(それは静かな水面に小石を投げ込んだように音楽を揺らす)が、各曲のスコアの冒頭に記された詩が放つ透明感や内省的な静けさ、普遍的な美とも、うっすらと共鳴している。中でも、グレッグ・スチュアートが1人で複数の音を出して演奏した4曲は、詩のダイナミクスの機微が見事に音で表現され、詩から喚起される視覚的イメージそのものが音からも伝わってくるので圧巻だ。

音そのものの持つ純粋な響きを放つ柔らかく澄んだ音、注意深くじっと聴き入らなくては捉えられない小さな音の変化、それらの音の倍音が生む様々な共鳴(耳を澄まさなければ知覚できないようなミクロの世界での微妙な共鳴)が生む音楽のかすかなうねり、思慮深い沈黙の間が生み出す内省的な雰囲気。そうした要素が、詩のもつ魔力的な力と同じ静寂をもたらし、この曲集に一度聴いたら忘れられなくなる美しさを添えている。深い森の奥にさまよいこみ、そこで見つけた透明な湧き水が作り出す小さな水たまりの深みをのぞき込んだ時のように、時間を止めて聴き手の心をとらえる音楽だ。