Michael Pisaro - Transparent City (Volumes 3 and 4) (EWR 0708/09) 和文


2006年10月から2007年2月にかけて、ロサンゼルスでフィールドレコーディングされた音源が素材になっている。自宅スタジオでサイン音を加えてミキシングされたこと、各トラックは1カ所で録音された無編集の10分間であること、それぞれ最後に2分間の沈黙が加えられている点などは、前作の『Transparent City (Volumes 1 and 2)』と同様の手法である。

音程の異なる複数のサイン音が重なり合い、フィールドレコーディングの環境音の妨げにならない控えめな音量で、全体の音風景の中にしっくりと融合しつつ、時には真っ直ぐに、時にはゆるやかな曲線を描きながら貫いていく。このサイン音の変化や動きの幅が前作2枚よりも大きい。雨に濡れた路面できしむ車のタイヤの音、クラクション、カモメの鳴き声などのフィールド音も、 ややくっきりと浮かび上がり、前作よりも間近にリアルに感じられる。

Volumes 3の5曲目が特に美しい。ひそやかに降る静かな雨音、雲の上を通りすぎる飛行機のくぐもった鈍い音、カモメの声。そのしんとした音風景の後半、雨音に紛れて忍び込むようにトーンの異なる複数のサイン音が静かに入り、雨音の合間に見え隠れしながら消えたり立ち現れたりする。それらすべての音が、ぴたりと息の合った演奏家たちの共演のように、完ぺきなバランスを保っている。それに続く6曲目では、やや大きめの音量で、スコールのように激しく振る雨音が眼前に迫り、5曲目よりぐっと聴き手との距離を縮める。

Volumes 4の1曲目は、居心地のよいレストランの店内と思われる場所で、人々のくつろいだ話し声に混じって、皿や鍋がぶつかりあう音が聴こえる。学校のチャイムのような音も遠くで鳴っている。ここでは、曲ごとの音量が前作より変化に富むようになり、外部音と聴き手の距離が、近づいたり離れたりする幅が大きくなる。ラストのトラック6は、大きめの音量で始まり、やがて後半終わり近くになると音量が小さくなっていき、再び「どこか遠くから聴こえてくる音」に戻り、最後には沈黙の中にすべてが吸い込まれる。このエンディングがとても美しい。

それぞれの曲の音量や距離感が微妙に、あるいは大きく変わっても、様々なトーンや音量で重なるサイン音の響きが、その凛とした存在感であらゆる場所をひとつに結びつけ、全体を「わずかにずれた非現実空間」へと運びつつ、長大なアンビエント音楽として生まれ変わらせる効果を出している。各々の場所に違う時間に立ち、その場の音を記録し、それらの音と共演すべく注意深く選び抜かれたサイン音を挿入してミキシングし「作曲」する…というピサロの一連の行為を通して、「すべての場所が繋がっている」という一体感(見えない糸で全風景を繋げる役割を果たすサイン音を共有することにより、ピサロが立っていたフィールドレコーディングの各場所のみならず、聴き手のいる環境すらも音楽の一部になる感覚)を、4枚のCDから成る作品全体が、呼吸をするように自然なうねりで伝えている。


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