Michael Pisaro - Hearing Metal 1 (EWR 0902) 和文


マイケル・ピサロが、2008年から2009年にかけて制作した3作品。3作とも、大型の金属打楽器タムタム(銅鑼の一種)の共鳴音や余韻を録音し、その音素材の持続時間を引き延ばしたり、サイン音を重ねるなどのポストプロダクションを加えて完成させたもの。ここで使用されているタムタムは、よくある円形のものではなく、60インチ(約1.5メートル)の楕円形のもので、表面が滑らかになるまで磨き込まれている。ライナーに記されたピサロの説明によると、「タムタムは巨大な音風景を生み出す楽器で、ほんのかすかな刺激にも反応して音が出る。側を通り過ぎたり、息を吹きかけただけで共鳴音が鳴り、もし耳かマイクロフォンを間近に近づければ、その共鳴音を聴き取れる。手や弓で直接触れると、予期せぬ混沌とした複雑な音を出す。そして同じ音は二度と出ない。」

この作品は、作曲者と演奏者の密接なコラボレーションによって誕生した。最初に奏者のグレッグ・スチュアートがピサロの指示に基づいてタムタムの音をテスト録音し、その音源をピサロが聴いて、本作の構想へと発展したという。ピサロはこの楽器の特性を生かし、その与えられた条件下で、タムタムから出る音の潜在的な表情の数々が自ずと現れるように導くことを試みた。作業としては、まず音素材を録音して集め、それぞれの音の持続時間を変え(引き延ばし)、全体に明確な作曲構造を与え、その上にサイン音の通り道を重ねた。ちなみに3つの曲のタイトルは、いずれもブランクーシの彫刻作品の名前にちなんで付けられている。

1. Sleeping Muse (25:00)

タムタムに弓を引いて生まれた音が、四部合唱のように重ねられ、その層の中に長い複数のサイン音で構成された旋律が隠されている。ここでは、銅鑼を叩いた時の金属的な共鳴音から想像される騒がしさや耳をつんざく感じ、混沌は一切感じられず、全体的に丸みのある柔らかい質感の音の層になっている。音階の異なる4つの共鳴音にサイン音が重なり(=といっても、サイン音が浮き上がったり突出する感じはなく、あくまでもタムタムの音の中に溶け込むような微妙さで)、そこにサイン音がもたらす気づくか気づかないかの微妙なニュアンスの和音が生まれ、さらにタムタムの共鳴音の4つのパートから生まれる和音自体とも交錯し、音楽全体をスケールの大きな作曲作品として誕生させている。(耳を澄ませて、そこに隠されたサイン音を見つけなければ、和音とは気づかないかもしれない…という微妙さが味わい深い。)

長く引き延ばされた柔らかい質感の音の層が、重厚ながらも平和で厳かな雰囲気を醸し出し、聴き手を半覚醒や瞑想のような状態に誘い込む。分厚い金属音の層を、複数のサイン音が見え隠れしつつ貫いていき、ばらばらに点在する音を和音で繋げていく。音量や全体の音のバランスも、呼吸をするようにゆっくり変化していき、音の焦点がひとつのパートから別のパートへと、スローモーションのようにゆっくり移り変わっていく様がとても美しい。まるで空中にぶら下がった重く巨大なオブジェが、様々な方向へ光を反射させながら、無音のままゆっくり回転しているのを見ているよう。曲のエンディングでは、厚い金属音の層が壮大な交響曲のようにひとつになり、大きくうねりながら押し寄せる和音の波を生み(ここでは数秒、和音が小さな光のさざ波のようにきらめく)、やがて沈黙の中に徐々に運ばれるように消えていく推移が、息をのむほど美しい。

2. The Endless Column (28:36)

きわめて軽いタッチでタムタムを叩いた時の共鳴音を、間近で録音したものが素材になっている。軽いタッチとはいえ、近距離録音ゆえに、聴き手には重い鐘をついた時のような迫力ある重厚な共鳴音として聴こえている。その60回分の共鳴音(=すべての音は同じ持続秒数)をランダムな順序で並べた後、タムタムの中心周波数の音域の辺りに、音階が徐々に上昇していくサイン音を重ねてある。除夜の鐘を比較的短い間隔で60回打つのをスローモーションで聴いたら、こんな感じに聴こえるのでは…というような、清廉とした厳かな空気と、時間が引き延ばされて止まりそうな感覚がある。60回分の共鳴音は、各々音階と音量が異なり、毎回少しずつ位置と距離を変えながら鳴っているような立体感を与えている。こちらは、空中に浮かんだ巨大な岩のかたまりが、違う方向からゆっくり側を通り過ぎていくのを見ているよう。しかし、危険が迫るような感じは全くなく、柔らかく丸みのある質感の音が、厳かで安らかな雰囲気を生んでいる。

タムタムの共鳴音と余韻の厚い層の中を、見え隠れするように控えめに貫くサイン音の響きを聴き取ることは、なかなか難しい。が、後半最後の8分間ほどに入ると、今まで隠れていたサイン音の響きが、その存在感を少しずつ浮き出し始める。サイン音の音階が1打ごとに上昇しながら、ゆっくりと美しい旋律を生んでいく推移が圧巻だ。一見、混沌としたまとまりのない共鳴音として聴こえそうなタムタムの音の中を、ここでもサイン音が細い糸のように貫きながら全体を和音へと導き、ひとつの壮大な作曲作品を成している。

3. Sculpture for The Blind (10:36)

タムタムを弓で引いて出した音(弓を離した後の余韻も含む)の層を8つ重ねて編集し、それぞれの持続時間を引き延ばした後で、そこにサイン音のトリオを重ねてある。ここでも、タムタムの音の厚い層の中に、サイン音が隠れるように織り込まれている。この曲では、ピサロの音のきわめてデリケートな扱いに加えて、力強さが加わっている。丸みと柔らかみのある金属音の層と、そこに織り込まれたサイン音のトリオとのバランスが、どちらも突出することなく融合し、交響曲を奏でるように絶妙の調和を生んでいる。金属音といっても、冷たくぶつかってくるような不快感はまったくなく、たおやかな温かい水の流れに含まれているかのように、聴き手の脳に自然に浸透していく心地よさがある。弓で引いた時の音と、その余韻が長く長く引き延ばされ、やがて音がゆっくり消えていく時の推移が、めまいを起こしそうな非現実的美しさを生み出している。


通常は複雑な共鳴音の扱いがきわめて難しいとされるタムタムの音の可能性を、ピサロは最も美しい形で引き出すことに成功し、それらの音の層とサイン音を絶妙なバランスで共演させ、現代の実験音楽における交響詩ともいえそうな繊細かつ壮大な幻想作品を作り上げた。聴こえるか聴こえないかの微妙なレベルと音階で挿入されたサイン音が、知覚できるかできないかのぎりぎりの所に半透明の和音を生み出して全体に調和をもたらしているところが、この3作品の聴き所だ。


english