渋谷のこと

他人の撮った写真を見て「いい写真だな」と思うことはめったにないのだけれど、この写真家・福居伸宏さんのブログに載っている写真はかなり気に入っている。

渋谷のセンター街や、電車の車内など、東京の日常の光景がありのままに切り取られている。その場の光景に対するネガティブな感情などは一切付随しない、ある種の距離感を保ちながらも、決してアウトサイダーの視点ではなく、透明な空気を隔ててその光景を見つめるまなざしに、温かい愛情が満ちている写真だと思う。

私が東京にいた頃は、毎日の通勤路で嫌というほど目にしていた渋谷のストリートの風景など、できれば目を背けて通りたいと思っていたので、写真に撮ろうなどとは思いもよらなかった。渋谷のストリートの写真を見て、そのユニークな成り立ちや個性的な通行人のオーラや風景の面白さを楽しめるようになったのは、こうして日本を離れているおかげだと思う。そういう素直な気持ちで鑑賞できる写真を、東京に住んでいながら撮れるというのは、すごいことだと思う。渋谷という街に対するネガティブな反応を一切持たずに、透明な目で渋谷を見つめて生きていくことは難しいと思うので。

路上にごみが拡散した早朝の渋谷、長い一日の仕事のストレスで疲弊しきって駅へ向かう時のラッシュ時の渋谷、素性の知れぬ人々が出没する深夜の渋谷、交差点が人の群れと叫び声で埋め尽くされる週末の午後の渋谷、明け方まで残業をしてタクシーで帰宅する時にぼんやり眺めていた井の頭通りの景色。学生の時にバイトで渋谷に通うようになってから、考えてみたら渋谷にある職場にばかり次々と縁があって、渋谷という街には愛憎入り乱れた複雑な思いがありすぎたのだと、今はつくづく思う。あれから、様々なかたちの強烈な夢と幻滅が渋谷の風景をよぎっては消え、その繰り返しで20年近くもあの街に縁があったというのは、今となると何だかとても懐かしい。深夜過ぎまで高層階にあるスタジオで作業をした後に、ひと息ついて大きなガラス窓から見下ろした公園通りの風景に、清々しさと温かい愛情を感じていた時もあったのだなと、そういう幸福な瞬間を思い出すことも今だからできる。

今読んでいる『大谷能生フランス革命』も、そんな渋谷の風景がふと目の前に立ち現れるような感覚があって気に入っている。読みやすい文章なのに内容はなかなか濃くて、かなり面白いです、この本。