Ring Lardnerのことなど


 観光客とタクシーが行き交うマンハッタンの34ストリートと6アベニューの交差点の真ん中で、マイルス・デイビスみたいな形相で笛を吹き鳴らしながら両腕を振り回し、命がけで交通整理をする黒人巡査おじさんを目撃。土砂崩れから村民をひとり残らず避難させようと必死で指示を与えている村長さんの姿を見ているようで、ふと微笑ましくなる。久々にニューヨークで心が温かくなる光景を目にした。命がけで何かを守るというのは美しい行為だな。昔、学生の頃に愛読していたリング・ラードナーの短編小説「微笑がいっぱい(There Are Smiles)」に出てきた、人のよい巡査のストーリーを懐かしく思い出した。

 マンハッタンの交差点で毎日、スピード違反をした運転手らを相手にジョークを飛ばしながらニコニコ交通整理をしている人気者の若い巡査が、ある日赤いオープンカーに乗ったきれいな女の子に一目惚れしてしまって、その子がスピード違反で信号無視しても笑って許してあげてたら、ある雨の日に、その女の子がスピードの出し過ぎで事故を起こして死んでしまったことを、新聞のニュースで知る。それ以来、「人の良い」巡査であるのをやめて、鬼のようにスピード違反を取り締まる冷酷な巡査になった…というような話。

 さらっと軽く読めてユーモラスな語り口なのだけど、けっこう強烈なインパクトのある短編小説だった。日本では、翻訳された文庫本が絶版になっていて、お茶の水の古本屋を探し歩いてようやく見つけた本だったので、とても懐かしい(もちろん今でも持っている。)ニューヨーカーという人種のもつ子供のようなイノセンスとユーモアと現実の苛酷さが、スポーツ記者らしい軽快でぴりっと風刺のきいた文体で描かれていて、なかなか味のある短編集だった。ヘミングウェイやフォークナーなどは読んでも文体が仰々しいだけであまり印象に残らなかったけれど、リング・ラードナーの短編は、新聞記者を生業とする人が自分の「楽しみ」のために書いたものというリラックスした感じがあって、とても好きだった。スコット・フィッツジェラルドの短編集とともに、一生のうちに何度も読み返しそうな作品。