ニューオーリンズの警官


ニューヨークの警官303人が、ハリケーン被災地のニューオーリンズにボランティアで訪れたというNYタイムズの記事

4年前の911事件が起きた時、その24時間から42時間後には、ニューオーリンズの警官らがボランティアでWTC被災地に到着していた。連日の捜索と救助で疲弊しきったニューヨークの警官たちは、彼らが作るニューオーリンズ料理のガンボを食べて気の狂いそうな現場捜索活動を乗り切ったという。今回ニューオーリンズ警察から支援を頼まれたときも、あの911の時の恩が忘れられなくて引き受けたという。こういう人間らしい心から滲み出る母性的な温かみが、ニューオーリンズなど南部の人々独特の美点だと思う。

元々、職につくことを拒んで怠惰に暮らす路上生活者も多く、貧困ゆえの犯罪もますます多発していた地域であり、国としては目を背けたかったほど荒れていた地域だったとはいえ、それだけがニューオーリンズという街の特徴だったわけではないはず。この窮状に耐えかねて警官の職を辞めていった人や自殺した警官のことばかり騒がれているけれど、あの地獄のような治安の悪さを生み出したのは警察の無力さだけではなくて、そういう貧困層から人間らしいモラルのある生活へ抜け出せないままでいた多くの黒人生活者の問題を、長い間ほったらかしにしてきたアメリカ政府にだって責任はあると思う。あの自分の命も何もかも失いそうな事態に陥った後の数日間、何の支援も施されなかった時、(ああアメリカなんてどうせおれたち黒人貧困層のことなんか、どうなったっていいと思ってるんだな)と身をもって実感したら、理性を失ったって当然かもしれない。日本のように、災難に巻き込まれても行政や企業がきっと助けてくれるだろうという安心感と信頼感があったとしたら、彼らの混乱だってあれほど極端にはならなかっただろう。

きれいごとかもしれないけれど、かつてニューヨークの警官たちがニューオーリンズの警官たちから人間としての温かい心を身に沁みて学んだように、今回の被災地で黙々と捜索や救助にあたるニューヨークの警官たちのプロフェッショナルに働く姿を見て、ニューオーリンズの人々が何かを学ばないとは言い切れないと思う。以前は職にもつかずに犯罪を繰り返しながら路上でだらだら暮らしていた人たちにだって、もしかしたら何らかの感化はあるかもしれない。そういうささやかな希望を一切もたずに、黒人低所得者層を十把一絡げにして蔑むのは、いくら白人中心の国とはいえ、あまりにも行き過ぎに思う。

ニューオーリンズにはなくてニューヨークにあるものとは、こういう災難時を乗り切る際に発揮する、専門的な捜索救助技術や精神的なタフさであるかもしれないけれど、ニューヨークにはなくてニューオーリンズにあったものの美しさだって忘れてはいけない。アメリカが最後の人間的な心を失ってしまったら、もう後には金と戦争しか残らないではないか。