写真で捉えるもの


写真を撮るにしても文章を書くにしても、リアリズムには興味がないので、ある場所や状況がきっかけになって心の中に生まれた情景が自分にとっては何よりも大切なのだと思う。たとえそれが現実のあり方とは多少ずれていたとしても、それはどうでもよかったりする。ある事象をありのままに写し取るために写真を撮るわけではなくて、その時に心に生じた感情を形にするために写真を撮っている。「タイム」誌のような風刺やリアリズムやジャーナリズムを目的とした写真はあまりにも意図があからさまで、ああいう無味乾燥な写真はほんとにつまらない。ピントだとか構図だとか露出だとか、そういうテクニックを超えた力で心の奥に眠る感情を呼び起こしてくれるような写真が好きだ。5年前にまだニューヨークの本当の姿を知らなかった頃に心に浮かんでいたニューヨークという場所の情景は、現実の生活の中でどんどん薄らいでしまったけれど、それはそれでしかたのないことなのだろう。こうして時間と慣れとともにその感情がいつか薄れてしまうことがわかっていたからこそ、「その情景」が心の中に留まっているうちに文章にしたかったのだし、そうして形にした文章はもう今の自分にとっては過去の幻影に過ぎないのだけれど、その時に自分が体験していた空気はたしかに親密で透明な光に満ちていたのだから。「インスピレーション」というのは電光石火のごとく一瞬にして感覚をとらえ刺激する何かであって、次の瞬間には消えてしまうものなのかもしれない。その光の正体をどこまでも掘り下げてしまうと、そこにあるのは実は何の変哲もないただの石だった…という体験を、人は繰り返していくものなのかもしれない。

とりあえず、メインのサイトのデザインをリニューアルしました。少なくとも、ニューヨークという場所の喧噪や粗っぽさや駆け引きや売り込みの強さとかに囲まれていなかったら、ウィーンのような静かな場所に心を惹かれることはなかったかもしれないし、そう思えば失望とか幻滅というのは次の段階へ進むためのプロセスなのだと思えて、少しは救われる気がする。それも成長過程に必要なステップだったのかなと。